んでね。

悪ふざけのすゝめ。

ジョギングを始めてね。

 何を隠そう、キオリさんは長距離走が大の得意です。

 昔から、長距離走ることだけは誰にも負けない自信がありました。

 

 

  もうね、走ってろって言われたら延々と走っていられますからね。

 そりゃもう、おはようからおやすみまで走っていられますからね。

 ジョギング開始した頃に生まれた赤ちゃんが、ジョギング終わった頃にはもう初老を迎えてますからね。酸いも甘いも噛み分けてますからね。

 

 

 キオリさんがジョギングを開始したその頃。都内の産婦人科では一人の男の子が誕生した。

 タカシと名付けられたその子は、小学、中学、高校と優秀な成績で卒業し、都内の大学にストレートで合格。周りの様々な誘惑にも遊びたい欲求にも負けずに、ひたむきな努力を重ねて大学を卒業し、無事に第一志望の企業に入社。希望の部署には配属されなかったものの、持って生まれたその生真面目な性質を活かして、タカシは与えられた役目を全力でこなし、会社での地位を確立してきた。

 そんな中でタカシは、マユコという女性と運命的な出会いを果たし、交際を開始。もともと性格や考え方が似ていた二人は、お互いにどんどん惹かれ合っていった。必然と言うべきか、二人はほどなく結婚し、やがて子宝にも恵まれる。まさに順風満帆、幸せの絶頂であった。

 だが、そんな幸せはそう長くは続かなかった。

 任されていたプロジェクトで大失敗をしてしまったタカシ。昼夜を問わず身を粉にして働き、自分の全ての力をもって当たっていたプロジェクト。そのプロジェクトの失敗は、タカシを打ちのめした。

 打ちひしがれるタカシに声をかけたのは、部署内のマドンナだったアケミだった。「元気出してください、係長」と。強がる余裕もなく、曖昧な笑みを返すのが精いっぱいのタカシ。アケミは健気な笑みを浮かべ、こう提案してくる。「今日はもう、パーッと飲みに行っちゃいましょう! ね? それで明日からまた切り替えて頑張ればいいじゃないですか」多少不自然に感じるほど明るい声で、なんとかして自分を励まそうとしてくれているアケミ。その姿に、強張っていたタカシの心が幾分か和らぐ。そうだな。たまには羽目を外しても罰は当たらない。今日は少し羽を伸ばして、明日からまた頑張ろう。アケミの笑顔と明るさにほだされて、タカシはそんなことを思った。

 夜中。気が付くとタカシは、ホテルのベッドに裸で横たわっていた。隣には、同じく裸で寝息を立てるアケミ。タカシは愕然とした。何だこれは。何がどうなってる。俺は何をしてしまったんだ。頭を抱えるタカシの横で、アケミは静かに起き上がり、笑顔で言った。

「係長、とっても逞しかったですよ」

 このアケミという女、健気な様子を見せてはいるが、その実態は歪んだ性癖を持つ性悪女であった。人の幸せを心底嫌い、誰かの夫や彼氏を寝取ることを至上の喜びとし、男がその気になったらゴミのように捨てる。私に落とせない男はいない。こんな女に落とせる男なら、私に落とせないわけがない。そんな自己中心的な思考をもつ、プライドの塊のような女であった。

 取り返しのつかないことをしてしまった。タカシは苦悩した。今までずっと真面目に生きてきたのだ。社内の若い娘と不義密通してしまった時の対処法など、分かるわけもない。妻や子供への罪悪感と自己嫌悪から、家路を辿る足がひどく重い。しかし、帰らないわけにはいかない。いつもよりたっぷりと時間をかけて我が家へと歩き、罪の意識からなるべく音を立てないように静かにカギを開ける。

 静かに滑り込んだはずの玄関にマユコが立っていたものだから、タカシは心臓が止まりそうになるほど驚いた。その表情には静かな笑みをたたえている。戦々恐々といった気分のタカシには、その笑顔が恐ろしくて仕方がない。はたから見れば、真夜中だというのに最愛の妻がいの一番に帰りを出迎えてくれるという幸せな状況であろう。なのに、タカシは地獄で閻魔と出会ったような心境だった。

 何を言えばいい? マユコは今何を考えている? もしかして全部お見通しなんじゃないのか? 全てを知っていて、俺の反応をうかがっているんじゃないか? いや、そんなはずはない。仮に全てが発覚することがあったとしても、こんなに早くバレるものか。

 すっかり疑心暗鬼に囚われるタカシを見て微笑みながら、マユコは言った。

「おかえりなさい。今日は遅かったのね」

 いつも通りのマユコだった。怒っている様子も、何かを訝しむような様子もない。それで警戒がすべて解かれるわけではなかったが、ひとまずの安堵を手に入れたタカシ。声がかすれてしまわないように細心の注意を払い、努めていつも通りに返事をする。

「ああ、連絡できなくてすまない。ちょっと会議が長引いてしまってね」

「まぁ。それは遅くまでお疲れ様でした。夕飯は食べていらしたの?」

「ああ、いや、食べてはいないんだが、明日も早いからね。今日はもう休むことにするよ」

 そんないつも通りの当たり障りのない会話を進めつつも、罪悪感から早く部屋に戻ろうとするタカシ。そんなはずはないのに、妻と一緒にいればいるほど、自分の罪が重くなるような錯覚があった。

「あ、そうそう」

 タカシのスーツを受け取り、さきほどからずっと変わらない笑みを浮かべたマユコが、何かを思い出したように言った。

 「あなた。そういえばさっきアケミっていう人から電話があったわよ」

 その言葉を聞いた途端、タカシの周囲を取り巻く空気が、一瞬にして凍り付いた――

 

 

 一方その頃キオリさんは、ようやくジョギングを終了したのであった。

 

 

 っていうくらいずっと走っていられますからね。

 やっべ。長くなりすぎた。まだ前振りなのに。やっべ。

 書いてるうちに楽しくなってきちゃったパターン。

 

 

 んでね。

 話を戻しますけど、キオリさんは長距離走が得意だって話ですよ。

 

 


 なにせ、余りにも長距離走が得意すぎて、親しみを込めて友人からは「ダニ野郎」の二つ名で呼ばれているほどです。

 ダニ。その敏捷性たるや、そんじょそこらの人間や動物の比じゃないですからね。

 あ。

 そんじょそこらの人間や動物の比じゃないダニよ。

 

 

 実際、長距離走が得意すぎて、挙げられるエピソードは枚挙に暇がありません。

 何せキオリさんは50mを全力疾走しても、大量の汗をかきながら地面に倒れこんで、心臓が早鐘のように高鳴り、肺が爆発しそうになる程度にしか消耗しないのですから。

 


 まぁさすがのキオリさんも100mは全力疾走できませんけどね。そんなに走れたらもはや人間ガソリンタンクだっつーの。ノーベル長距離賞だっつーの。サバンナの王者だっつーの。

 

 

 学生時代もこの特性を活かして、仲間内で大人気でした。

 学校行事のマラソン大会では「一緒に走ろうね」と言ってくれた友人から「ごめん……いくらなんでも遅すぎるから先行くわ」と謝られた、なんていう心温まるエピソードもありました。

 友人たちから頼りにされることも多く、よく「駅前のパン屋でパン買ってこいや。30秒以内な」と言って小銭を投げつけられていたものです。要は、強靭な脚力を持つキオリさんならではの頼まれごとなわけですよね。

 投げつけられた小銭が38円しかなかったことも、「キオリさんなら……キオリさんなら、それでも何とかしてくれる」という信頼の裏返しなのです。「足りねー分はてめーが出しとけ」という彼の台詞はその表れなのです。そう、つまりこれも固い信頼関係が成せる技なのです。

 

 

  まぁ既にここまで長距離走に秀でているにも拘わらず、これ以上凄くなってどうするんだって話なんですけども、最近は車に頼りきりになって歩くことも少なくなり、運動不足&ちょっと体重が増えがち。

 ということでキオリさんは、だらけた生活に終止符を打ち、一念発起してジョギングを開始する決意を固めたのです。固めたダニよ。

 

 

 キオリさんは昔から太ることに対して、割と強めの忌避感がありまして。

 うちの母親は太っている人をあまり良くは思っていないようで、「小太りくらいが体にはいいらしいけど、自分がそうなりたいとは絶対に思わない」とよく言っていました。

 現に母は少し体重が増えてしまった時には、徹底的に食事制限をしたり、運動を始めたり、ストイックに体型維持に努めておりました。

 そうした母の姿を幼いころから見ているうちに、キオリさんの心にも「太った姿になりたくない」という意識が刷り込まれてしまったようです。

 キオリさんが1キロ太る度に、母は「もうちょっと頑張らなきゃだめだよ」と諭しながら、ラジオペンチで1枚ずつ生爪を剥がしてきたものです。

 逆に、1キロ痩せるごとに母は「よく頑張ったね」と労ってくれ、剥いだ生爪を木工用ボンドでくっつけてくれていたものです。

 ああ麗しの親子愛。確実に何らかのハラスメント。

 

 

 そうした事情もあり、取り返しのつかない体型になる前に何とか痩せようとキオリさんは決意したわけです。

 一度太ると、その後仮にダイエットに成功しても太り癖がついてリバウンドしやすくなるという話も聞いたことありますし。

 

 

 なぜダイエット方法にジョギングを選んだかと言えば、過去に経験があるんですけどやっぱりジョギングは痩せるんですよ。

 自分がジョギングしていた時の話で恐縮ですが、走るの自体も適度な負荷がかかってダイエットに効果的ですし、筋肉が鍛えられることによって基礎代謝が上がって、食べても太りづらい体を徐々に徐々に作っていくこともできるようです。

 他にも、キオリさんはジョギングをしながら合間に美容クリニックに寄って脂肪吸引の手術を受けてますし、ジョギングしながら「絶対痩せる薬」って書かれた違法薬物を摂取してましたし、その結果、逮捕されて臭い飯を食わされましたし。臭い飯は割と栄養バランス整ってますし。ダイエットに最適ですし。

 それで現にキオリさんの体重は減っているわけですから、ジョギングによるダイエットがどれほど効果的なのかお分かりいただけるかと。

 

 

 ただね。

 心配だったのは、いかに効果的とは言え、延々走り続けるとなると飽き性のキオリさんのこと、三日坊主で終わってしまうのではないかということ。

 まぁぶっちゃけ大変なことを根気よく続けていく忍耐力もないので、できれば長く、楽しく続けられるトレーニング法が望ましいんですよね。

 

 

 まぁとりあえずやってみて、継続できないようならまた別の方法を考えよう……そんな前向きなんだか後ろ向きなんだか分からない心情でスタートを切った、ジョギングなんですけども。

 これがね、思った以上に燃えるんですよ。

 

 

 晴れた日にも走り。風の日にも走り。雨の日には休み。雪の日にも休み。仏滅の日にも休み。なんか気が乗らない日にも休み。座禅を組み。滝に打たれ。丸太で腹筋を打ち。大リーグボール養成ギブスに身を包み。非合法の痩せる薬を飲み。逮捕され。臭い飯を食べ。鉄格子に毎日みそ汁を吹きかけ。錆びさせ。スプーンで穴を掘り。脱出経路を確保し。「脱獄してみた」というタイトルでニコ生を配信し。炎上し。再逮捕され。

 そうした日々の弛まぬ努力を続けていくと、目に見えて自分の走る能力が向上していくのが分かるのです。

 

 

 最初はすぐに息も絶え絶えになっていたほど頼りなかった心肺機能も、日に日に成長していくのが分かる。

 30分程度のジョギング時間で翌日筋肉痛になるほど貧弱だった足も、徐々に鍛えられて1時間走っても2時間走っても平気になってくる。

 それに伴い、少し柔らかくなりつつあったお腹も少しずつ引っ込んで固くなり、体重も減ってきたのが実感できる。

 

 

 そして痩せれば痩せるほど足への負荷は下がるので走りやすくなり、走りやすくなれば意欲が上がっていく。意欲が上がればさらに走り、走ることによって体が絞られていく。

 なんという良循環。

 

 

 そうしたストイックな日々を、数か月続けていったキオリさん。

 

 キオリさんのジョギング能力は、次第に磨かれていき

 

 電光石火のスピード。

 

 他を寄せ付けない持久力。

 

 無機質なまでに余計な贅肉をそぎ落としたスリムボディ。

 

  ついに……ついにキオリさんは

 

 その全てを手に入れるに至ったのです。

  

 

 今回はそのビフォーアフターを画像でご紹介します。

 走る習慣をつける前の締まりのない体型をしたキオリさんと、走ることを覚え、走ることによって得た、キオリさんの引き締まった新しい肉体。

 その変遷が以下の2枚の画像です。どうぞ!

 

 

 

 

 

 

↓ トレーニング前のキオリさん

 

 

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↓ トレーニング後のキオリさん

   

 

 

 

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 お分かりでしょうか。

 人間とは、ストイックな姿勢でトレーニングにあたれば、ここまでの変貌を遂げることができるのです。

 人間離れした軽量化と、人知を超えた走行能力を得ることに、キオリさんはついに成功したのです。

 かーっ。つれーわー。タイヤだとキーボード打ちづらくてつれーわー。

 

   

 それにしても久々にミニ四駆見たけど、格好いいねやっぱり。

 もうミニ四駆って言っちゃってますけど。